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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)34号 判決

東京都世田谷区新町2丁目19番3号

原告

タナシン電機株式会社

代表者代表取締役

田中進作

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

同弁理士

木内修

埼玉県東松山市大字大谷4152番地

被告

ベルテック株式会社

代表者代表取締役

坪井一郎

訴訟代理人弁護士

池田浩一

輔佐人弁理士

甲斐忠海

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第10541号事件について、平成2年11月8日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、昭和44年2月21日に出願した特願昭44-12511号の分割出願として、昭和52年1月12日、名称を「カセット型テープレコーダにおけるカセット装填装置」とする発明(以下「本件発明」という。)につき、特許出願し、昭和58年3月24日に設定登録を受けた特許権の特許権者である。

原告は、平成元年6月8日、特許庁に対し、本件特許について無効審判の請求をしたところ、特許庁は、同請求を平成1年審判第10541号事件として審理したうえ、平成2年11月8日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成3年1月30日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、審判請求人(原告)の主張した本件発明が技術的に未完成であるとの無効事由及び本件発明が米国特許第3395871号明細書の記載に基づいて容易に発明することができたものであるか、若しくは特公昭47-5311号公報の発明と同一であるとの無効事由をいずれも排斥し、本件発明を無効とすることはできないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の本件発明の要旨の認定は認める。

しかしながら、審決は、本件発明が未完成発明であるのに、未完成発明ではないと誤って判断し(取消事由1)、また、明細書の開示が不十分であるとの原告の主張に対し、何らの判断をしなかった判断遺脱がある(取消事由2)から、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本件発明の未完成)

(1)  未完成発明とは、明細書及び図面(以下「明細書」という。)に記載された技術内容が、当業者において反復実施して目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体的、客観的なものとして構成されていない発明のことである(最高裁昭和44年1月28日判決・民集23巻1号54頁、同昭和52年10月13日判決・民集31巻6号805頁)。そして、発明の内容は、明細書の記載によって判断される以上、発明が完成しているか否かの判断は、おしなべて明細書に記載された技術内容と、所期の目的及び本来奏すべき作用効果との関係において考察されなければならない。

(2)  本件発明は、自動車等に装着するコンパクトなカセット装填装置に関するものであり、本件明細書には、特許請求の範囲に記載された構成によって達すべき目的及び同構成による作用効果に関し、「カセット収納函に対するカセットの挿入または脱出行程で、スライド片に係着されているタンブラーバネのデッドポイントを越えさせ、その際のタンブラーバネの弾発力を利用して自動的にカセットの挿入または脱出動作を完了させることができ、もって、カセット挿入操作を手指や爪先を負傷することなく安全に行うことができ、またカセットの脱出機構の簡素化を図り、しかもその脱出作動を円滑かつ適切ならしめることができる」(甲第2号証2欄12~20行、同旨5欄12行~6欄5行)との記載がある。この記載によれば、タンブラーバネは、スライド片及びこれと結合した一方端がカセット収納函の終端側(奥方向)へ向けて弾発力を働かせているので、カセットの自動脱出を可能とするためには、タンブラーバネの弾発力に打ち勝ってスライド片及びこれと結合しているタンブラーバネの一方端をカセット収納函の始端側(入口方向)にデッドポイントを越えるまで押し戻す機構(以下「脱出用押戻機構」という。)が必要不可欠である。

この脱出用押戻機構の構成に関し、本件明細書には、特許請求の範囲に何らの記載がないが、発明の詳細な説明に実施例の第1ないし第3図に即し、「9はナイフエッジであって、このナイフエッジ9の先端はカセット収納函1側の長溝5に位置するスライド片7に当接し、かつその状態のスライド片7を押付けている。」(3欄24~27行)、「該脱出操作釦17と連動するようになされているナイフエッジ9が、その先端が長溝6の終端に臨むように回動させるべく作動し、またその復動に伴ってナイフエッジ9を長溝5の始端方向へ移動せしめるべく作動する。」(4欄10~14行)及び「カセットaを脱出させるには、脱出操作釦17を押すが、その往復操作によりカセットaはカセット収納函1とともに上方へ移動せられ、次いでその復動に伴ってナイフエッジ9がスライド片7を長溝5の始端方向へ押動させるべく移動せられるので、スライド片7はタンブラーバネ8のデッドポイントを過ぎる点でその弾発力で自動的に移動せられ、カセット収納函1内のカセットaはスライド片7に押されて脱出せられる。」(4欄37行~5欄1行)と記載されている。

(3)  しかしながら、上記記載からは、どうしてナイフエッジ9がカセットの挿入時にはスライド片7に作用せず、タンブラーバネ8がデットポイントを越えた後、カセットをスライド片7を介して自動的に吸い込みうるかの点について明らかにされておらず、図面においてもこの点を示唆する部分は存在しない。すなわち、ナイフエッジが単に脱出時だけでなく、挿入時においてもスライド片に当接して押戻作用を継続しているとすると、ナイフエッジの押戻力はタンブラーバネの弾発力より大きいから、デッドポイントを過ぎても自動的なカセットの吸い込みは不可能となり、本件発明の所期の目的・効果が達せられないこととなる。

したがって、本件明細書には、本件発明の所期の目的・効果を達成するために不可欠である構成、すなわちナイフエッジがカセット脱出時にはスライド片に当接しながら、挿入時にはこれと当接しないという脱出用押戻機構の技術内容が十分具体化、客観化されておらず、本件発明は、当業者にとって容易に実施することができない。

(4)  発明が完成しているかどうかの判断は、特許請求の範囲のみならず、発明の詳細な説明及び図面の記載をも参酌しなければならないのに、審決は、「発明の未完成について検討するのであれば、左記に認定したとおりの構成要件を具備する本件発明が所期の目的を達成できるかについて見なければならない」として、発明の詳細な説明及び実施例の占める役割について基本的な認識を誤り、あえてこれを排除して、確たる理由もなく本件発明が期待する効果を奏し、所期の目的を達成できると判断した。

また、本件発明においては、スライド片と係着するタンブラーバネを設けるとの構成によって、所期の目的を達成することが新規性、進歩性を有する技術思想である以上、その実現のために必要となる、カセットの挿入を妨げない脱出用押戻機構も当業者に想到可能であるとはいえないところ、審決は、本件発明の実施に当たり必要となるタンブラーバネのデッドポイントを越えるための手段は、「デッドポイントを越えた後のタンブラーバネの作動を妨げるものでなければどのような手段であろうと採ることができる」として、その解決手段が出願当時の技術知識を有する当業者に容易に想到できることであると判断した。

以上のとおり、審決は、本件発明の実施例であるナィフエッジにおいて、脱出時にはタンブラーバネのデッドポイントに至るまでその弾発力に打ち勝つ押戻力をもってスライド片に当接しながら、カセットの挿入時にはスライド片に当接しないという本件発明に不可欠な構成要素について、これに対応する構成が具体化、客観化していないため、本件発明は当業者が実施することができない未完成発明であるにもかかわらず、これを未完成発明ではないと誤って認定判断した。

2  取消事由2(発明の開示不十分)

(1)  前記のとおり、本件明細書中には、本件発明の実施に不可欠の要件である脱出用押戻機構について、何らの記載がない。したがって、本件発明が仮に発明として完成していたとしても、実施例のナイフエッジがカセットの脱出時にはスライド片に当接するも、挿入時にはこれに当接しないという構成につき何らの開示がなく、発明の構成を当業者が容易に実施できる程度に記載すべきであるとする特許法36条4項に明らかに違反している。

(2)  ところで、上記1(1)の判例の立場によれば、未完成発明の中には、〈1〉発明として成立しえないため、発明の実施が不可能な場合と、〈2〉本来技術的には成立しうる発明であっても、明細書において発明の課題解決のために不可欠な要件が欠落しているため、発明の実施が不可能な場合の二つがある。そして、発明の実態から派生する未完成発明と、本来明細書の記載自体の問題である特許法36条4項の発明の開示不十分とは、概念的には明確に区別されるものであるが、〈2〉の場合には、発明の実施が明細書の記載によらざるをえない結果、発明の構成に不可欠な要件についての開示不十分の場合とオーバーラップする領域が生じ、この場合、両者の間に明確な一線を画することは不可能であり、また、その実益もない。

原告は、無効審判請求時において、特許法36条4項違反を明確に指摘していないが、これは、開示不十分の場合も未完成発明である〈2〉とオーバーラップしているとの立場に立脚し、未完成発明論に包含させて主張していたことによる。また、平成2年6月12日付け弁駁書において、「第三者が本発明を容易に実施できないので、本発明は未完成発明であり、本特許は特許法第36条第4項違反にも該当する。」として、発明の開示不十分の評価を付加し、この点を明白に主張している。

しかるに、審決は、原告の開示不十分の主張について何らの判断をしなかったから、判断遺脱の違法がある。

第4  被告の主張の要点

1  取消事由1について

本件発明の目的及び効果は原告主張のとおりである。そして、本件発明の要旨をなす特許請求の範囲には、録音、再生等の動作位置上方の動作待機位置にあるカセット収納函を吊板により装置主体に対して上下動自在に装着して、カセットをカセット収納函に挿入してともに下方の録音、再生等の動作位置に移動せしめるカセット型テープレコーダが示され、このようなカセット型テープレコーダのカセット収納函上面から吊板にかけて長溝が形成され、ここにスライド片が摺動自在に装着され、このスライド片がカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与させられ、更にこのスライド片がタンブラーバネに係着連動されていることが示されている。すなわち、本件発明の要旨とする構成要件の結合によって、カセットは上方の動作待機位置と下方の録音再生位置との間を往復移動(装填及び脱出)することが明示されているのであって、上記構成要件は、「脱出用押戻機構」を包含する上位概念として、これにより本件特許発明の目的・作用効果を達成させる構成を明記しているのである。したがって、本件発明の特許請求の範囲に下位概念としての「脱出用押戻機構」を格別記載していないとしても、発明の完成に問題はない。

そして、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、まず、「脱出用押戻機構」について、一般的な説明がされている(甲第2号証2欄2~22行、5欄2行~6欄1行)。

次いで、実施例についての説明において、カセットの挿入脱出に関与するスライド片の構成に関し、当業者に実施可能な程度にそれぞれ記載がなされている(同号証2欄34行~3欄24行、4欄6~24行、同欄34行~5欄1行)。

このように、本件明細書の特許請求の範囲には、カセットの挿入脱出についての構成が示されており、その発明の詳細な説明には、その構成の一般的な説明のみならず、不備のない実施例も示されている。

本件発明を実施不能という原告の取消事由1の主張は失当である。

2  同2について

上記1のとおり、「脱出用押戻機構」の構成は、本件発明の要旨からすると下位概念に属するから、特許請求の範囲に記載されていないのであり、発明の詳細な説明にも、その構成を一般的に説明する必要はない。審決で説示するように、本件発明の実施に当たっては、タンブラーバネのデッドポイントを越えるための手段を必要とするが、この手段は、デッドポイントを越えた後のタンブラーバネの作動を妨げるものでなければ、どのような手段であろうと採ることができるから、本件発明の出願当時の技術知識を有する当業者が、そのような手段を一つとして思い浮かべることができないものとは到底認めることはできない。

そして、右手段としての実施例は明細書又は図面に必須の記載事項ではないが、ナイフエッジ及び突出片等を含めた原告のいう脱出用押戻機構が本件明細書及び図面に記載されている。

すなわち、ナイフエッジの押戻力をカセット挿入時に働かせないための構成は、吊板2の中央部に設けた突出片であり、これにより、ナイフエッジがスライド片を押戻した最終段階で突出片の上に乗って上方に逃がされ、スライド片との係合がはずされるのである。この実施例を参酌することにより、当業者は容易に挿入時にはナイフエッジが作用しないことが理解できるのであって、本件明細書に開示不十分の違法もない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

本件発明の要旨が、特許請求の範囲に記載されたとおり、「録音、再生等の動作位置上方の動作待機位置にあるカセット収納函を吊板により装置主体に対して上下動自在に装着して、カセットをカセット収納函に挿入してともに下方の録音、再生等の動作位置に移動せしめるカセット型テープレコーダーにおいて、カセット収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセットの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けたことを特徴とするカセット装填装置。」にあること、本件発明は、カセット型テープレコーダーにおけるカセット装填装置において、スライド片に係着されたタンブラーバネがそのデッドポイントを超えることによって相異なる方向に弾発力を働かせる作用(反転弾発力)を有することを利用して、カセットの挿入又は脱出動作を自動的に完了させ、もって手指等の負傷を防止し、カセットの脱出機構の簡易化と脱出作用の円滑化を図る点に、その目的及び効果があることは当事者間に争いがなく、上記のような本件発明の構成とタンブラーバネの反転弾発力の作用機序に照らし、本件発明を実施するためには、原告主張のとおり、カセットの脱出時にのみスライド片に作用し、カセットの挿入時にはスライド片に作用しない脱出用押戻機構が必要であると認められる。

しかしながら、上記本件発明の要旨とその目的効果からして、脱出用押戻機構は、本件発明を実施するためには必要ではあるけれども、本件発明は、この脱出用押戻機構自体を発明の対象とするものではないことが明らかである。すなわち、本件発明は、カセット脱出時にタンブラーバネのデッドポイントを越えさせる手段を何ら限定するものではないから、本件発明を実施するためには、そのような効果を奏する適宜の手段を任意に選択することができる。例えば、本件明細書の実施例に示されているようなナイフエッジを用いる構成においても、乙第2号証の1及び5により認められるような、カセット挿入時にはスライド片に作用を及ぼさないために、ナイフエッジを常時はバネの力で左旋させておき、脱出時には、ナイフエッジと連動する脱出操作ボタンを押すことにより、このバネの力に抗してナイフエッジを右旋させ、これにより、タンプラーバネのデッドポイントを越えさせる位置にまでスライド片を押し戻すという簡単な機構によって、容易に実現できることが明らかである。そうすると、本件発明の実施例に示されたと同様のナイフエッジを用いた押戻機構においても、挿入時にはその作用力を働かせない構成については当業者にとって技術的に明らかであり、容易にその実施をすることができるものと認められる。

原告は、本件明細書の記載による限り、ナイフエッジ9はスライド片7に常時当接しており、本件発明は、カセットを自動的に挿入できるとの効果を奏することができない旨主張するが、上記のとおり、ナイフエッジを利用した脱出用押戻機構において、カセット挿入時にナイフエッジの押戻力を働かせない構成が当業者に自明の技術事項であったものと認められる以上、本件明細書の第1ないし3図によって、カセット挿入時には、ナイフエッジの押戻力を「逃げさせる」ための構成を容易に想到し、実施できるものと認められる。

また、脱出用押戻機構の構成がナイフエッジを用いるものに限られないことも明らかであり、その場合には、同様の作用を奏する機構として採用できる技術の範囲がさらに広がるものと認められる。

したがって、審決の「本件発明の出願当時の技術知識を有する当業者が、そのような手段を一つとして思い浮かべることができないものとは到底認めることができない。」とする判断は、相当として是認できる。

以上の事実によれば、本件明細書は、発明の実施に必要な脱出用押戻機構については、既に同一の技術分野において自明の事項に属するものとして、特段の記載をしなかったものと認められ、また、同機構については、上記のとおり本件発明の必須の構成にも属しないから、その構成に係る具体的記載がないことをもって、本件発明が未完成であるとすることはできない。

原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  同2について

本件審判手続中、原告(審判請求人)が平成2年6月12日付け弁駁書において、本件発明は、特許法36条4項違反にも該当する旨主張したことは当事者間に争いがなく、審決に原告の同条項違反の主張に対する明示的な判断理由の記載がないことは、その説示自体から明らかである。

しかしながら、本件無効審判の審判請求書において、原告(審判請求人)が無効事由として本件発明の未完成のみを主張していたことは原告の自認するところであるうえ、甲第4号証によれば、原告が上記弁駁書において、明細書の開示不十分を指摘した箇所は、「被請求人は甲第2号証には突出片2aが欠落していると述べているが、・・・本発明の目的を達成する上で突出片2aの役割、機能は極めて重要であり、突出片2aがなければ本発明の効果、すなわち『本発明によれば、カセットをカセット収納函に半分程挿入しただけであとは自動的にカセットが吸い込まれる』(甲第2号証第5欄第17行~第6欄第1行)ことは不可能である。このように本発明の目的達成に不可欠な技術的事項が欠落している以上、第三者が容易に本発明を実施できるということはできない。突出片2aの技術的重要性に鑑みれば、被請求人自ら突出片2aが欠落していると認めていることは、本発明の出願時、本発明が完成されていなかったことを被請求人自ら認めることに等しい。第三者が本発明を容易に実施できないので、本発明は未完成発明であり、本特許は特許法36条第4項違反にも該当する。」(同5頁12行~6頁10行)との記載だけであり、この他にはこれについての特段の主張はない。

この記載によれば、原告(審判請求人)の主張は、発明未完成であるとする事由が同時に明細書の開示不十分に当たるとの法条適用についての主張にすぎないと認められる。

したがって、この発明未完成とする事由が存在しないことを審決が判断している以上、明細書の開示不十分とする事由についても実質的に判断していることは明らかであり、審決は、単に「本特許は特許法36条4項違反にも該当しない。」との説示を遺脱したにすぎないことに帰着する。

このような遺脱をもって、判断の遺脱ということはできないから、これを審決の取消事由とするに足りないことは明らかである。

原告の取消事由2の主張も理由がない。

3  以上のとおりであって、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵も見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

平成1年審判第10541号

審決

東京都世田谷区新町2丁目19番3号

請求人 タナシン電機 株式会社

東京都港区新橋5丁目10番8号 笹屋伊藤ビル

代理人弁理士 渡部敏彦

埼玉県東松山市大字大谷4152

被請求人 ベルテック 株式会社

上記当事者間の特許第1139848号発明「カセット型テープレコーダにおけるカセット装填装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1. 本件特許第1139848号発明(以下、本件発明という。)は、昭和44年2月21日に特許出願した特願昭44-12511号の分割出願として、昭和52年1月12日に出願され、昭和57年7月3日に出願公告(特公昭57-31213号)され、昭和58年3月24日に特許権の設定登録がなされたもので、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「録音、再生等の動作位置上方の動作待機位置にあるカセツト収納函を吊板により装置主体に対して上下動自在に装着して、カセツトをカセツト収納函に挿入してともに下方の録音、再生等の動作位置に移動せしめるカセツト型テープレコーダにおいて、カセツト収納函上面から吊板にかけて形成された長溝に摺動自在に装着され、かつカセツトに係合してカセツトの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着連動するタンブラーバネを設けたことを特徴とするカセツト装填装置。」

Ⅱ.これに対し、請求人は、本件特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その無効理田として次のイ及びロの点を主張している。

イ.本件発明は所期の目的を達成することができないものであるから、技術的に未完成の発明であり、特許法第2条弟1項にいう「発明」に該当しない。したがつて、本件特許は特許法第29条第1項柱書の規定に違反して特許されたものである。

ロ.本件発明は、その出願前国内において頒布された甲第3号証刊行物(米国特許第3395871号明細書)に記載された発明に基づいて谷易に発明することができたものであるから、本件特許は特許法弟29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

そして、請求人は、上記主張を立証するため、上記甲第3号証の他に次の証拠を提示している。

甲第1号証(本件発明の出願公告公報である特公昭57-31213号公報)、甲第2号証(カセツト装填装置の実物を示す写真)、甲第4号証(特公昭47-5311号公報)、甲第5号証(甲第4号証の発明に対する特許異議申立書及びその理由補充書)、甲第6号証(甲第5考証の特許異議申立に対する特許異議の決定の謄本)及び甲第7号証(甲第4号証の発明に対する拒絶査定謄本)

これに対し、被請求人は、請求人の主張が失当であることを主張し、その立証のため次の証拠を提示している。

乙第1号証(特公昭57-31213号公報の図面抜粋)、乙第2号証(原出願、特願昭44-12511号の出願公告公報である特公昭47-49010号公報)、乙第3号証(カセツト装填装置の実物を示す写真4枚)及び乙第4号証(他の実施例を現わした図面)

Ⅲ.そこで、請求人の主張の是非について検討する。

ⅰ.主張イについて

請求人は、本件発明が未完成であるとする理由を次のように述べている。

即ち、明細書には、本件発明の目的について「カセツト挿入操作を手指や爪先を負傷することなく安全に行なうことができ、またカセツトの脱出機構を円滑かつ適切ならしめることができるカセツト装填装置を提供」すること、と記載され、また、本件発明の効果について「カセツトをカセツト収納函に半分程挿入しただけであとは自動的にカセツトが吸い込まれるので、少なくとも指先の貝傷の不安感がないとともに、快適な装填が楽しめる。また、カセツトの脱出機構の簡素化を図りしかもその脱出作動を円滑かつ適切ならしめることができる」と記載されている。

しかるに、明細書には、カセツトに係合してカセツトの挿入脱出に関与するスライド片に対して、タンブラーバネと共にナイフエツジの先端が当接するように記載されている。このナイフエツジはカセツト脱出時にスライド片を押してカセツトを脱出させるためのものであり、カセツト脱出方向に弾性力を付与するスブリングAを具備している。このスプリングAの脱出方向の弾性力は、カセツトの脱出操作を可能にするために、タンブラーバネの挿入方向の弾性力より遙かに大きくされている筈である。そうすると、カセツトをカセツト収納函内に挿入するときにも、スライド片にはこのスプリングAによる脱出方向への弾性力が働くので、タンブラーバネがデツドポイントを越えたとしてもカセットの自動挿入はされず、カセツトを挿入しようとすれば、スプリングAの弾性力に打ち勝つ強い力で、カセツトをカセツト収納函の最奥部まで押込み続けなけれはならない。

したがつて、「本件発明の目的を達成するための技術手段、又は本件発明の効果を達成するための技術手段については、明細書に開示されておらず、その発明の技術分野における通常の知識を有する者にとつて容易に実施することは、出願当時の技術水準をもつてしても、不可能である。」と主張している。

しかし、請求人がその動作を云々している装置は、本件発明そのものではなく、本件発明の実施例として明細書に記載された装置である。上記実施例の動作に関する請求人の解釈が適切かどうかはともかくとして、発明の未完成について検討するのであれは、先に認定したとおりの構成要件を具備する本件発明が所期の目的を達成できるかどうかについて見なけれはならない。

そのような見方をした場合に、本願発明である「ヵセツト収納函上面から吊板にかけて形成された長構に摺動自在に装着され、かつカセットに係合してカセツトの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着運動するタンフラーバネを設けたカセツト装填装置」が、明細書に記載されているように、「カセツトの挿入または脱出行程で、スライド片と係着されているタンブラーバネのデツドポイントを越え」るとき、上記タンブラーバネの弾発力により、挿入行程にあつては「カセツトをカセツト収納函に半分程挿入しただけであとは自動的にカセツトを吸い込」むように作動し、また、脱出行程にあつては「自動的にカセツトの脱出動作を完了させる」ように作動することは明らかである。したがつて、本件発明は期待する効果を奏するものであり、所期の目的を達成でさるものと認められる。

また、本件発明の実施に当たつては、タンブラーバネのデツドポイントを越えるための手段を必要とするが、上記手段は、デツドポイントを越えた後のタンブラーバネの作動を妨げるものでなけれは、どのような手段であろうと採ることができるから、本件発明の出願当時の技術知識を有する当業者が、そのような手段を一つとして思い浮べることができないものとは到底認めることができない。

以上のとおりであるから、本件発明か技術的に未完成であるとする請求人の主張は認めることができない。

ⅱ.主張ロに対して

本件発明と甲第3号証に記載された発明とを対比すると、甲第3号証の発明は、本件発明の構成要件である「カセツト収納函上面から吊板にかけて形成された長構に摺動自在に装着され、かつカセツトに係台してカセツトの挿入脱出に関与するスライド片を設け、該スライド片と係着運動するタンブラーバネを設けた」点を具備していないことが明らかである。

本件発明が上記構成要件により「カセットをカセット取納函に半分程挿入しただけであとは自動的にカセツトが吸い込まれる」という効果を得ていることは、先に述べたとおりであり、上記効果は甲第3号証の発明からは期待できない。

したがつて、本件発明は上記中第3号証の発明に基ついて容易に発明できたものとは認めることができない。

また、請求人は、本件発明の出願前に出願され、本件発明の出願後に出願公告された甲第4号証の発明が、その特許異議の審査において、上記甲第3号証の発明と同じであると判断され拒絶された審査経過を踏まえて、本件発明も甲第3号証の発明から容易に発明でさたものと認定すべきであると主張している。

しかし、本件発明を、事情を異にする甲第4号証の発明と同列に扱うべき必然性は何ら認められない。

なお、審判請求書の「請求の理由」7.10項には、本件発明が甲第4号証の発明と実質的に同一であるとする記述も認められるが、甲第4号証の発明において「吊板」とされている部分は、図面によると枠状体であり、本件発明の「吊板」が有する長溝に類するものを有していない。この点をもつてしても、本件発明が甲第4号証の発明と同一であると認めることはできない。

Ⅳ.以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠によつて本件特許第1139848号発明を無効とすることはできない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成2年11月8日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

平成3年(行ケ)第34号

決定

原告 タナシン電機株式会社

被告 ベルテック株式会社

上記当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所が平成5年3月31日に言い渡した判決に明白な誤謬があったので、職権により、次のとおり更正する。

主文

判決の当事者の表示欄中に「輔佐人弁理士 甲斐忠海」とあるのを「輔佐人 甲斐忠海」と更正する。

平成5年4月5日

東京高等裁判所第13民事部

裁判長裁判官 牧野利秋

裁判官 山下和明

裁判官 三代川俊一郎

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